人は欲しい物がある時、それを手に入れれば満たされると思っている。
新しいゲーム。
憧れていた服。
限定品。
高価な趣味の品。
購入前、人はそれらの中に幸福そのものを見ようとする。
だが実際には、物そのものが幸福なのではない。
物によって生まれる「状態」を求めているのである。
ゲームを求めているのではない。
没頭出来る時間を求めている。
服を求めているのではない。
心地良く過ごせる感覚を求めている。
趣味の品を求めているのではない。
満たされた空間や、自分らしさを求めている。
だから、人は時に誤解する。
状態ではなく、物そのものを増やし始める。
するとどうなるか。
本来求めていた感覚から、少しずつ遠ざかっていく。
落ち着きたかったはずなのに、管理物が増える。
満たされたかったはずなのに、収納に追われる。
幸福になりたかったはずなのに、未開封の山が積み上がる。
空所者にとって重要なのは、
「何を持っているか」
ではない。
「どんな状態で存在出来ているか」
である。
静かな部屋。
呼吸しやすい空間。
本当に好きな物だけが置かれている感覚。
無理なく管理出来る所有。
それらは全て、「状態」である。
人は物を通して、その状態へ近付こうとする。
だが本当に必要なのは、物を増やす事ではなく、
既に自分が何を求めているのかを知る事なのかもしれない。
大量の所有の先に、必ずしも幸福がある訳ではない。
むしろ、本当に自分が求めていた状態へ気付いた時、人は自然と不要な物を手放し始める。
空間は静かになり、感覚は澄んでいく。
そして初めて、人は理解する。
欲しかったのは、物ではなかったのだと。
コメント