人は、評価されることで安心する。
認められることで、価値を感じる。
褒められることで、自信が生まれる。
それは自然なことだと思う。
でも、その評価は本当に必要だろうか。
他人からどう見られるか。
どう思われるか。
どう判断されるか。
それを気にすることで、
自分の位置を確認しようとする。
安心するため。
不安を消すため。
自分を保つため。
評価は、そのための手段になる。
でも、その評価は外にある。
他人の中にあるもの。
自分ではコントロールできないもの。
だから、
それに依存すると不安定になる。
評価されれば安心する。
評価されなければ揺れる。
その繰り返しになる。
空所者は、ここでも外す。
評価が無くても、自分は成立しているか。
そう見た時、
評価が無くても、特に問題は起きない。
生活は変わらない。
機能も失われない。
自分そのものも消えない。
それでも評価を求めるのは、
安心を外に置いているから。
他人の言葉で自分を確認しようとしている。
でも、それを手放すとどうなるか。
評価が無くても揺れない状態になる。
認められるかどうかではなく、
そのままで成立しているかで見るようになる。
他人の評価は、あってもいい。
ただ、それが無くても成立するなら、
必須ではない。
空所者は、評価を基準にしない。
外にあるものではなく、
内側で完結しているかを見る。
それだけで、
選択は大きく変わる。
評価されるかどうかではなく、
どう在るか。
そこに軸が移る。
それが、空所者の状態。
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