何かを減らしていくと、
最後に残るものがある。
物が無い状態。
評価が無い状態。
目的からも少し離れた状態。
そこには何も無いように見える。
何も持っていない。
何もしていない。
何も満たしていない。
そう見える。
でも、その状態は本当に空だろうか。
空白という言葉は、
不足を含んでいる。
何かが欠けている状態。
でも実際には、
欠けている感覚が無いこともある。
静かで、落ち着いていて、
特に埋めようとする必要もない。
そこには不安も無い。
ただ、何も無い状態が続いている。
空所者は、ここを見る。
それは本当に「無」なのか。
それとも、
無と呼ばれているだけの別の状態なのか。
何かで満たされていないから空なのではなく、
満たす必要が無い状態。
動かす理由が無い状態。
そこにいるだけで成立している状態。
何もしないということは、
停止ではない。
欠如でもない。
ただの状態として存在している。
何かを埋める必要がないと気付いた時、
空白の意味は変わる。
それは空ではなく、
余白になる。
余白は不足ではない。
ただ、何も入っていない場所。
そこには圧力も無い。
動かす理由も無い。
空所者は、その状態を否定しない。
何も無いことを問題にしない。
それは空ではなく、
成立している静かな状態。
そこにいるだけで、
すでに完結している。
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