人は、何かに向かって生きている。
より良くなりたい。
安心したい。
満たされたい。
そのために行動する。
努力する。
積み上げる。
目的を持つ。
それは自然なことだと思う。
でも、その目的にどれだけ縛られているだろうか。
達成しなければ意味がない。
失敗すれば価値がない。
そう思っていると、
行動そのものが重くなる。
結果に意味を預けてしまう。
空所者は、ここでも少し外す。
目的は持つ。
進む方向としては必要だから。
でも、それに固定されない。
達成できてもいい。
できなくてもいい。
どちらでも成立している。
だから、行動は止まらない。
結果のためではなく、
そのまま進むことができる。
生きることにも、同じように向き合う。
より良くしようとする。
安心できる形を目指す。
日々を整える。
それは続ける。
でも、それに執着はしない。
いつ終わってもいい。
未達成でもいい。
そう思っている。
それは投げているわけではない。
むしろ逆で、
どちらの結果にも縛られない状態。
達成してもしなくても、
自分の成立は変わらない。
だから、
必要以上に重くならない。
無理に意味を背負わない。
ただ、そのまま進む。
執着しないというのは、
何も持たないことではない。
持っていても、
縛られないこと。
目指していても、
固定されないこと。
結果に依存しないこと。
その状態にいると、
行動は軽くなる。
止まる理由が減る。
続けることが自然になる。
それが、空所者の見ている状態。
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