これまで、いくつかの前提を外してきた。
物が無くても成立する。
評価が無くても崩れない。
意味に固定される必要もない。
そう見ていくと、
多くのものは必須ではなかった。
それでも人は、求める。
何かを手に入れようとする。
何かを達成しようとする。
何かで満たそうとする。
なぜか。
そこに明確な理由があるとは限らない。
ただ、
そう動くことが自然だから。
不安を感じることもある。
足りないと感じることもある。
何かをしたくなることもある。
それらは、
良い悪いではなく、
ただ起きている動き。
空所者は、ここでも止めない。
求めることを否定しない。
ただ、
それに固定されない。
求めてもいい。
求めなくてもいい。
どちらでも成立している。
求めることで満たされることもある。
求めなくても落ち着いていることもある。
そのどちらも許容されている。
だから、
無理に止める必要もない。
無理に続ける必要もない。
ただ、その時の状態として存在している。
求めること自体が問題なのではない。
それに縛られることが重さになる。
空所者は、
求めるという動きにも距離を置く。
それがあってもいいし、無くてもいい。
どちらにも固定されない。
それが、空所者の見方。
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