物を集める人がいる。
安い雑貨。
消耗品。
気軽に買えるもの。
一方で、
高額な物を集める人もいる。
ブランド品。
骨董品。
価値の高いとされるもの。
一見すると、まったく違うように見える。
片方は軽くて、
もう片方は重い。
片方は安くて、
もう片方は高い。
評価も違う。
でも、やっていることは同じ。
何かを手に入れる。
集める。
所有する。
そして、
そこに満たされる感覚を求める。
価格は違う。
でも、
構造は変わらない。
安い物をたくさん持つのも、
高い物を少し持つのも、
やっていることは同じ。
空いている何かを、
外で埋めようとしている。
違いがあるように見えるのは、
評価の問題。
どちらが良いか。
どちらが上か。
そういう基準で見ているだけ。
でも、
その基準を外すと、
残るのは行動そのもの。
持つ。
増やす。
満たす。
そこに違いはない。
空所者は、
価格で判断しない。
高いから価値がある、
安いから価値が無い、
そういう見方をしない。
それが無くても成立するか。
それだけを見る。
そうすると、
多くのものは同じ場所に並ぶ。
価格の差は、
本質の差ではなかった。
ただの表面の違いだった。
そこに気付くと、
選び方は変わる。
何を持つかではなく、
持つ必要があるのか。
その視点に変わる。
それが、空所者の見方。
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