物は、簡単には捨てられない。
使っていなくても。
必要がなくても。
見ていなくても。
なぜか残っている。
そこには理由がある。
いつか使うかもしれない。
思い出がある。
高かった。
もったいない。
そうした言葉が並ぶ。
でも、その理由は少し不思議だ。
今の必要ではなく、
過去と未来を理由にしている。
過去の価値。
未来の可能性。
それが、今の判断を止めている。
空所者は、ここを見る。
それは本当に今必要なのか。
そう問い直すと、
ほとんどのものは「今」にはいない。
過去に意味があったもの。
未来に使うかもしれないもの。
でも、どちらもまだ来ていない。
つまり、
現在には存在していない理由で残っている。
捨てられないのは、
物が特別だからではない。
時間に引っ張られているだけ。
過去と未来の間に置かれている。
空所者は、その時間の鎖を一度見る。
今ここに必要かどうか。
それだけで判断する。
そうすると、
残るものと残らないものが分かれる。
残るのは、
今にも存在しているものだけ。
それ以外は、
時間の中に置きっぱなしだったもの。
捨てるとは、
過去と未来から切り離すことでもある。
それができると、
空間は少し軽くなる。
そして、
今だけが残る。
それが、空所者の見方。
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