必要だと思い込む仕組み

人は、「必要だから持つ」と思っている。

無いと困るから。

あった方が便利だから。

将来使うかもしれないから。

それは合理的な判断に見える。

でも、その「必要」という感覚は、

本当に自分の中から出てきたものだろうか。

気付くと、

「これがあった方がいい」と思っている。

「無いと不安かもしれない」と感じている。

最初はそんなこと考えていなかったはずなのに。

情報を見る。

比較する。

人の評価を知る。

その中で、

「持っているのが普通」

「無いと不便」

「あると快適」

そういう前提が少しずつ積み重なる。

そして、いつの間にか

「必要だ」と思うようになる。

この時、自分で判断している感覚はある。

でもその判断の土台は、

外から作られていることが多い。

必要だと思う理由の多くは、

実際に困った経験ではなく、

「困るかもしれない」という想像から来ている。

そしてその想像もまた、

どこかで見聞きした情報からできている。

空所者は、ここでも一度止まる。

それが本当に必要なのか、

少し時間を置いて見る。

実際に無いままで過ごしてみる。

すると分かる。

無くても、特に困らないものが多い。

「必要」だと思っていたものの中に、

ただの前提や思い込みが混ざっている。

必要という言葉は、強い。

それがあるだけで、

持つ理由として成立してしまう。

だからこそ、一度疑う。

それは本当に必要なのか。

それとも、

そう思い込んでいるだけなのか。

空所者は、必要という感覚にも距離を置く。

何も無い状態に戻ってみて、

それでも残るものだけを拾う。

それが、

本当に必要なもの。

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