人は、何かを持っていると安心する。
逆に、持っていないと落ち着かなくなる。
それは、実際に困っているからではない。
無くても生活はできる。
特に支障もない。
それでも、不安になる。
なぜか。
周りを見ると、多くの人がそれを持っている。
当たり前のように使っている。
普通に存在している。
それが基準になっている。
その中で、自分だけが持っていないと、
どこかズレているように感じる。
遅れている気がする。
足りていない気がする。
この感覚は、
物そのものの問題ではない。
“基準”の問題。
持っている状態が普通で、
持っていない状態が例外になっている。
だから、不安になる。
空所者は、この基準から少し離れる。
持っているかどうかではなく、
無くても問題が起きているかどうかを見る。
実際に困っているのか。
それとも、ただ不安を感じているだけなのか。
多くの場合、問題は起きていない。
ただ、「無い状態」に慣れていないだけ。
周りの基準に引っ張られているだけ。
持っていないこと自体は、
欠けていることではない。
ただ、基準から外れているだけ。
その基準が本当に必要かどうかは、
また別の話になる。
空所者は、基準そのものを固定しない。
持っている状態も、
持っていない状態も、
どちらも同じように見る。
そこに優劣は無い。
ただ、それぞれの状態があるだけ。
そうしていくと、
持っていないことへの不安は少しずつ弱くなる。
不安の正体は、
物ではなく、基準だった。
それに気付くと、
選択は少し自由になる。
持つか、持たないか。
それを、外ではなく、
自分の中で決められるようになる。
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