子供の頃に好きだった作品が、今になって復刻される。
昔のカードダスが復刻される。
当時の玩具が最新技術で蘇る。
懐かしいキャラクターがフィギュアになる。
当時は買えなかった商品が、今なら自分のお金で買える。
そんな商品を見れば、誰だって少しくらい心が動く。
「懐かしいな」
「これ欲しかったんだよな」
「今なら買えるじゃん」
そして購入する。
もちろん、それ自体が悪いわけではない。
問題は、「懐かしい」と「今、本当に欲しい」を同じものとして扱ってしまうことだ。
「昔好きだった」は「今も欲しい」ではない
私自身、以前は好きな作品の関連商品をかなり追っていた。
新商品が出ればチェックする。
限定品なら気になる。
シリーズなら揃えたくなる。
しかし、物を減らしていく中で、あることに気付いた。
昔好きだった物を、今の自分が本当に欲しいとは限らない。
これは当たり前のようで、意外と見落としやすい。
「子供の頃に好きだった」
という記憶は、非常に強い。
だから大人になった自分がその商品を見たとき、現在の欲望なのか、過去の記憶が刺激されているだけなのか、区別しにくい。
でも、一度立ち止まって考えてみる。
「これを買ったとして、私は本当に何度も眺めるだろうか?」
「これが発売されなかったとして、私は困るだろうか?」
「そもそも今まで存在を知らなかったのに、知った途端に欲しくなっただけではないか?」
こう問い直すと、答えが変わることがある。
懐かしさは、物を所有しなくても残る
私は今、昔好きだった物をかなり手放している。
しかし、それによって当時の記憶まで消えたわけではない。
カードダスを集めていたことも覚えている。
好きだったキャラクターも覚えている。
当時楽しかったことも覚えている。
物がなくなっても、思い出は残る。
だから私は、思い出を保存するために、その思い出に関係する物まで保存する必要はないと思うようになった。
思い出は記憶の中にある。
物は物だ。
この二つを切り離して考えられるようになると、所有に対する感覚は大きく変わる。
「コンプリート」という別の罠
懐かしコンテンツには、もう一つ強力な仕組みがある。
それが「コンプリート」だ。
カードが全42種類ある。
「あと5枚だ」
あと3枚。
あと1枚。
そして最後の1枚を手に入れた瞬間、
「コンプリート達成!」
となる。
もちろん、その瞬間は楽しいだろう。
しかし、その後はどうなるだろうか。
ファイルに入れる。
棚にしまう。
そして、ほとんど開かなくなる。
毎日見るだろうか。
おそらく見ない。
一生のうちに何百回、何千回と開くのだろうか。
おそらく、そこまでではない。
つまり、コンプリートそのものが目的になっていた場合、一番楽しいのは「揃えるまでの過程」だったということもある。
そして次のシリーズが発売される。
また最初から集める。
こうして終わりのない収集が始まる。
「懐かしい」は、メーカーにとって強力な武器になる
今は、昔の作品を知っている大人が多い。
子供の頃には買えなかったものを、今なら自分のお金で買える。
これはメーカーにとって非常に魅力的な市場だろう。
「当時の思い出」を刺激しながら、
復刻
限定
完全版
コンプリートセット
当時仕様
新作フィギュア
と次々に商品を投入できる。
一つ一つの商品だけを見れば、そこまで無茶な買い物には見えない。
「5,000円なら買える」
しかし、それが続けばどうなるだろう。
5,000円の商品を一つ。
また5,000円。
続弾が出れば、また5,000円。
別シリーズも出る。
関連商品も出る。
気が付けば、最初は「懐かしいから買っただけ」だったはずなのに、大量の物を所有している。
私はもう「昔の自分」を追いかけない
今の私は、昔好きだった作品だからという理由だけで、過去の商品を探し回ることはしない。
過去の作品に後からハマったとしても、放送当時に販売されていたグッズを片っ端から調べようとは思わない。
たまたま何かを見つけて、「これは欲しい」と思うなら話は別だ。
しかし、自分から過去の商品を掘り始めることはしない。
今の自分が本当に欲しいものは、必要なら自然と情報が入ってくる。
だから、すべてを追いかける必要はない。
知らない商品が存在していても、それで困ることはない。
知らなければ欲しくならない。
欲しくなっていないものを探しに行く必要もない。
「今の自分が欲しいのか?」だけを見る
私はこれから、昔好きだったかどうかではなく、今の自分が心の底から欲しいと思うかどうかを基準にしたい。
懐かしい。
好きだった。
限定だから欲しい。
今しか買えない。
コンプリートしたい。
そういった感情が出てきたときこそ、一度立ち止まる。
そして、
「これは今の私が本当に欲しいものなのか?」
と考える。
答えが「違う」なら、それでいい。
買わなくてもいい。
探さなくてもいい。
思い出だけ、大切に覚えていればいい。
懐かしさまで所有する必要はない。
空所者にとって、手放すということは、過去を否定することではない。
過去は過去として大切にしながら、現在の自分に必要のない物まで未来へ持ち運ばない。
それだけなのだ。
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