第10話 好きな気持ちは、所有物の数では証明できない

以前の私は、好きなものほど多く持ちたいと思っていた。

好きなら集める。

好きなら揃える。

好きなら所有する。

それが当たり前だと思っていた。

関連商品が発売されれば気になる。

限定品なら欲しくなる。

数が増えるほど、自分の好きな気持ちも大きくなっているように感じていた。

しかし、ある経験をきっかけに、その考え方は大きく変わった。

どれほど大切にしていたものでも、自分の心は変化する。

昨日まで絶対に手放さないと思っていたものでも、いつか価値観が変わる日が来るかもしれない。

その事実を知った時、私は所有に対する考え方を見直した。

物をたくさん持っていることは、本当に好きな証明になるのだろうか。

同じ物を複数持つこと。

関連商品を大量に集めること。

希少な物を所有すること。

それらは確かに、その時の自分の情熱の証ではある。

しかし、時間が経った後も、それが同じ意味を持ち続けるとは限らない。

大切なのは数ではない。

どれだけ持っているかではない。

その物が、自分にとってどれだけ意味を持つかである。

例えば、好きな作品の関連商品が何十個、何百個あったとしても、本当に心から残したいと思えるものは、その中の一部かもしれない。

逆に、たった一つの物でも、自分にとって特別な意味を持つなら、それだけで十分価値がある。

私は、好きという気持ちを物の量で表現する必要はないと考えるようになった。

好きだからこそ、何でも残すのではない。

好きだからこそ、本当に大切なものを選ぶ。

それは、好きな気持ちを否定することではない。

むしろ、本当に好きなものと向き合うための選択である。

現在、私が所有している物も、永遠に残すことを前提にはしていない。

今、大切だと思うから手元に置いている。

今、心が動くから迎え入れている。

しかし、未来の自分の価値観が変わる可能性も受け入れている。

それは、物を軽く扱っているという意味ではない。

物に自分の人生を縛られないということだ。

以前の私は、物を手に入れることで好きな気持ちを守ろうとしていた。

今の私は、好きな気持ちそのものを大切にしている。

だから、数にこだわらない。

所有で証明しない。

本当に必要なものだけを残す。

この考え方が、空所者という価値観の中心になっていった。

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