満足出来ない人は永遠に満たされない

世の中には不思議な人がいる。

欲しかった物を手に入れる。

喜ぶ。

そして数日後には次の物を欲しがる。

また手に入れる。

また喜ぶ。

そして再び次を探し始める。

その繰り返しである。

本人は不足を埋めようとしている。

しかし私には別のように見える。

不足を埋めているのではない。

不足を育てているのである。

多くの人は勘違いしている。

満足とは物の量によって決まると思っている。

だから増やす。

もっとお金を。

もっと物を。

もっと評価を。

もっと体験を。

もっと知識を。

もっと可能性を。

しかし、その考え方には一つの致命的な欠陥がある。

満足を外側に求めている事である。

外側にあるものは無限である。

上には上がいる。

もっと高価な物がある。

もっと面白い趣味がある。

もっと優れた人がいる。

もっと魅力的な人生がある。

比較は終わらない。

競争も終わらない。

当然、満足も訪れない。

なぜならゴールが存在しないからである。

私は思う。

満足出来ない人が求めているのは物ではない。

満足そのものなのである。

しかし満足は買えない。

満足は所有出来ない。

満足は他人から与えられるものでもない。

満足とは認識だからである。

同じ部屋に住んでいても満たされる人と不満を抱く人がいる。

同じ収入でも満足する人と不足を感じる人がいる。

同じ量の物を持っていても豊かだと思う人と貧しいと思う人がいる。

違うのは所有量ではない。

認識である。

不足を探す人は永遠に不足を見つける。

欠点を探す人は永遠に欠点を見つける。

足りない理由を探す人は永遠に足りなさを発見する。

それは能力である。

しかし残念ながら、その能力は自分自身を満たさない。

むしろ空腹を育て続ける。

私はこれを現代社会最大の罠だと思っている。

世の中は常に不足を教える。

もっと努力しろ。

もっと成長しろ。

もっと稼げ。

もっと持て。

もっと手に入れろ。

その結果、多くの人は立ち止まる事を忘れる。

振り返る事を忘れる。

数える事を忘れる。

既に持っているものを見る事を忘れる。

だから満たされない。

満たされないから求める。

求めるからさらに満たされなくなる。

まるで地平線を追いかけるように。

どれだけ歩いても辿り着かない。

私はある時気付いた。

満足とは到達点ではない。

決断である。

ここまで来たから満足するのではない。

これで充分だと認めるから満足するのである。

その瞬間、人は初めて競争から降りる事が出来る。

比較から離れる事が出来る。

不足から自由になる事が出来る。

満足出来ない人は永遠に満たされない。

なぜなら満足は外側には存在しないからである。

そして満足出来る人は、少ない物でも豊かに生きられる。

違いは所有量ではない。

「充分」を見つける力なのである。

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